令和5年業績 学位

外来受診解析に基づくてんかん患者の行動特性に関する研究
(Studies on Behavioral Traits of Patients with Epilepsy Based on Analysis of Outpatient Visit)

中村 悠一

【背景と目的】

我々は、IGE患者は他のてんかん診断と比較して受診のアドヒアランスが不良である仮説を立て、てんかん患者における受診行動(欠席と遅刻)を評価し、てんかん診断を含む様々な因子との関連性を検証した。

【対象と方法】

2017年1月~2019年12月に北海道大学病院精神科神経科を受診したてんかん患者を対象として後方視的研究を行った。外来予約の欠席を「事前連絡なしに予約日に現れない場合」、外来予約の遅刻を「来院時間が予約時間を15分超過した場合」と定義して評価項目とした。欠席と遅刻のそれぞれを目的変数とし、様々な因子を説明変数として、混合効果ロジスティック回帰分析を実施した。さらにそれぞれ下位診断ごとのサブグループ解析を行った。

【結果】

欠席とてんかん診断の関連性の検証を目的とした研究では、総予約数9,151件のうち、413件が欠席であり、全体の欠席率は4.5%であった。欠席を目的変数とした混合効果ロジスティック回帰分析の結果、IGEの診断は焦点てんかん(FE)と比べて欠席の増加と関連していた。生活保護受給歴は欠席の増加と関連し、高学歴(大学・専門卒以上)は欠席の減少と関連していた。IGE患者のみを対象としたサブグループ解析の結果、午後の予約は欠席の減少と関連していた。FE患者のみを対象としたサブグループ解析の結果、側頭葉てんかん(TLE)の診断はその他のFEと比べて欠席の減少と関連していた。生活保護受給歴は欠席の増加と関連し、高学歴(大学・専門卒以上)は欠席の減少と関連していた。 遅刻とてんかん診断の関連性の検証を目的とした研究では、総来院8,738回のうち遅刻は599回であり、全体の遅刻率は6.9%であった。遅刻を目的変数とした混合効果ロジスティック回帰分析の結果、男性と比べて女性は遅刻の減少と関連し、39歳未満と比べて40歳以上は遅刻の減少と関連していた。午前の予約に比べて午後の予約は遅刻の減少と関連していた。IGE患者のみを対象としたサブグループ解析の結果、午後の予約は遅刻の減少と関連していた。FE患者のみを対象としたサブグループ解析の結果、女性は遅刻の減少と関連し、40歳以上は遅刻の減少と関連し、就労・就学中は無職と比べて遅刻の増加と関連し、午後の予約は遅刻の減少と関連していた。

【考察】

欠席とてんかん診断の関連について、てんかん患者のパーソナリティおよび認知特性が関連しているかもしれない。IGE患者において病気に対する無関心、規律の欠如、快楽主義などのパーソナリティ特性や、実行機能障害、衝動性、リスクをとる行動、社会認知障害が認められている。TLE患者において粘着性、過剰道徳性などのパーソナリティ特性が認められている。しかし後方視的研究でありこれらを評価することができなかった。日常臨床において、患者の治療アドヒアランスの予測精度を高めるために鑑別診断に注意を払い、治療アドヒアランスが不安定な集団に対して重点的に指導を行う必要がある。

 

小児期のいじめは、神経症傾向と仕事のストレッサーを介して、成人期のプレゼンティズムに影響を及ぼす
(Victimization in Childhood Influences Presenteeism in Adulthood via Mediation by Neuroticism and Perceived Job Stressors)

橋本 省吾

【背景】

小児期のいじめは、成人期の個人の精神的健康に強く影響を及ぼし、うつ病、不安障害、自殺傾向、および自傷行為を引き起こし、職場での生産性の低下、つまりプレゼンティズムにつながる。しかし、プレゼンティズムに対するいじめの具体的な影響ははっきりしないままである。我々は、いじめが神経症傾向と仕事のストレッサーを通じて労働者のプレゼンティズムに影響を与えるという仮説を立てて、共分散構造分析によりこれらの要因間の関連と媒介効果を解析した。

【方法】

人口統計学的データ、小児期いじめ尺度、職業性ストレス簡易質問票(BJSQ)、神経症傾向(EPQ-R短縮版)およびWork Limitations Questionnaire(WLQ、プレゼンティズム)を含む質問紙調査を、2017年4月から2018年4月の間に443人の成人ボランティアに実施した。変数間の関連は共分散構造分析により解析した。本研究は東京医科大学医学倫理委員会の承認を受けて、被験者の同意を得て実施した。

【結果】

共分散構造分析の結果は重回帰分析の結果と一致し、小児期のいじめはプレゼンティズムと直接相関しなかった。神経症傾向と仕事のストレッサーはプレゼンティズムに直接効果(悪化)を示した。しかし、小児期のいじめは2つの経路を通じてプレゼンティズムに有意な間接効果を及ぼした。1つの間接効果は神経症傾向を含み、もう1つの間接効果は神経症傾向と仕事のストレッサーの両方を含んでいた。さらに、仕事のストレッサーを介して神経症傾向がプレゼンティズムに及ぼす間接効果と、神経症傾向を介して小児期のいじめが仕事のストレッサーに及ぼす間接効果が、統計学的に有意であった。このモデルはプレゼンティズムの変動の18%を説明していた。

【限界】

小児期の経験については想起バイアスが生じる可能性がある。この研究は横断的デザインであるため変数間の因果関係を結論することはできず、前向き研究で検証する必要がある。

【結論】

本研究は、小児期にいじめをうけた経験が成人期のプレゼンティズムの危険因子であり、この効果は神経症傾向と仕事のストレッサーへの悪影響によって媒介されることを示している。これらの結果は、プレゼンティズムの評価および対策の際に、小児期のいじめ、神経症傾向、仕事のストレッサーを含む複数の要因を考慮する必要があることを示唆している。