平成29年業績 学位

アクチグラフィを用いた双極性障害患者における概日リズムに関する研究(Studies on actigraphic assessment of circadian rhythm in bipolar disorder patients)

北川 寛

双極性障害において概日リズム障害の高い併存率や、寛解期における概日リズムの乱れと再発との関連などが報告されており、概日リズム障害を適切に評価することは重要と考えられている。しかし、双極性障害における概日リズム障害を長期的に検討したものは質問紙など主観的評価によるものしかなく、アクチグラフィなど客観的指標を用いた研究は数週程度の短期的なものに留まる。

以上のことを踏まえて、本研究は双極性障害における概日リズム障害について明らかにすることを目的とした。第一章ではアクチグラフィから得られた長期的(1年間)データに対してnon-parametric circadian rhythm analysisにより概日リズム指標を算出し、双極性障害患者、大うつ病性障害患者、健常者における概日リズムの比較を行った。その結果、双極性障害患者では健常者と比較して概日リズムの不安定性が有意に高く、概日リズムの位相と関連する活動期の開始時刻が有意に後退していることが示された。続いて第二章では、より短期的(2週間)なデータを用いて概日リズム指標を算出し、概日リズムに影響を与えうる季節の影響を考慮して各群における概日リズムを検討した。その結果、双極性障害患者における概日リズムの不安定性は季節の影響を受けないことが示された。社会的因子を除外した解析では双極性障害と大うつ病性障害の二群間比較となり、概日リズムの不安定性に関して有意な群間差を認め、季節変動は認めなかった。概日リズムの位相に関して群間差は認めなかったものの、冬に後退するという季節変動を認めた。更に第三章ではアクチグラフィの照度センサーから得られた曝露光量をもとに、概日リズムの強力な同調因子である照度も交えた検討を行った。その結果、双極性障害における概日リズムの不安定性はアクチグラフィで計測した照度の高低の影響を受けないことが示唆された。また、活動期の開始時刻に関しては、3群間比較では群と照度ともに有意な効果を認めなかったが、社会的因子を統制した2群間比較では群の効果は認めなかったものの照度に有意な効果を認め、低照度では活動期の開始時刻が後退していることが示唆された。

以上の結果から、双極性障害における概日リズムの不安定性は季節や生活環境下の照度の影響を受けずに長期的に持続する可能性が示唆された。一方で、概日リズムの位相に関しては季節や照度の影響を受ける可能性が示唆された。

心肺運動負荷検査(CPX)指標に基づいた運動プログラムによるうつ病改善効果の検討

酒井 優里

1.緒言

中等度以上のうつ病の治療としては薬物療法を行うケースが多いが、抗うつ薬の反応率は約60~70%であり、非反応者の10~30%は社会適応や職場復帰、身体機能の低下、自殺願望、薬物多使用などに困難を感じている。このような状況で、うつ病に対する運動療法を含む非薬物治療の確立・普及が喫緊の課題となっている。

うつ病の治療として有効とされている運動療法は、頻度、強度とも比較的高く設定されている。しかし、より低頻度、低強度の運動の効果については十分に検証されていない。抑うつ症状は意欲・活動性が低下し、睡眠障害や全身倦怠感、頭重感といった身体症状も出現する病態であることを考えると、客観的指標に基づく、より低頻度、低強度で、うつ病に有効な運動療法が確認されれば、臨床上のメリットも大きいことが推察される。

心血管病患者を対象とした心臓リハビリテーションは急速な発展を遂げているが、その背景として心肺運動負荷試験(CPX)で取得される客観的指標に基づいた個別化運動プログラムが、安全かつ効果的な治療法として確立していることが挙げられる。心臓リハビリテーションは、心疾患患者でも施行可能な有酸素運動を重視したリハビリテーションであるが、CPXデータに基づいた本リハビテーションをうつ病患者で施行した報告はまだない。そこで、本研究では運動療法開始前にうつ病患者全例にCPXを実施し、個々の能力に応じた、客観的な運動プログラムを提供し、医療者のサポートのもと運動療法を行うことにより、うつ病の抑うつ症状の改善を検討する。

2.実験方法

北海道大学病院精神科神経科に通院中で精神疾患の診断・統計マニュアル5版(DSM-5)により「うつ病」または「持続性抑うつ障害」と診断され、同意取得時において年齢が20歳以上61歳未満を対象とした。

介入研究・単群試験(非ランダム化・オープン試験)とし、予備的研究の位置づけとなる。

運動療法を行う前の0週および運動療法開始16週後に、CPXを実施した。0週の検査終了後、週2回、1クール4週×4クールで計16週間の運動療法を行った。初めに、準備運動10分の後、CPXから算出されたATをもとに、ATレベル以下の強度でエアロバイクによる運動を20~30分間施行した。整理体操を10分ほど施行した。

本研究の介入についてはうつ病の改善効果は明らかではないため、抗うつ薬による薬物療法と精神療法については、研究参加時の治療を継続することとした。また抗うつ薬以外の薬物療法については特に制限を設けなかった。

主要評価項目をハミルトンうつ病評価尺度(HAM-D)とし、副次的評価項目としてBeck subscale、臨床全般印象評価尺度-疾病重症度尺度(CGI-S)、ベックうつ病評価尺度第2版(BDI-Ⅱ)、状態-特性不安検査(STAI)、ピッツバーグ睡眠質問票(PSQI)、社会適応度評価尺度(SASS)、36-Item Short Form Health Survey®(SF-36v2®)認知機能検査、活動量計による評価、身体計測、運動療法終了後の体調不良の調査を実施した。HAM-D、その他の副次的臨床評価項目、アクチグラフィ、ライフコーダは、反復測定分散分析(ANOVA)とBonferroniの多重比較検定を用いて解析した。認知機能検査と身体計測は対応のある二標本t検定、またはWilcoxonの符号順位検定で解析した。それぞれ、両側有意水準を5%とした。

3.研究結果

研究の詳細を説明し同意を得たのは13例で、最終的に8例を対象とした。

客観的な抑うつ症状を評価するHAM-D 、主観的な抑うつ症状を評価するBDI-Ⅱ、健康関連のQOLを評価するSF-36v2®の一部である活力(VT)、心の健康(MH)に8週後から有意な改善が見られ、その効果は16週後まで持続した。さらに、社会適応度を評価するSASS、SF-36v2®の一部である精神的日常役割機能(RE)が8週後に、特性不安を評価するSTAI Y-2と認知機能検査の一部であるTMT-Aが16週後に有意な改善を示した。終了後不調を訴える対象者はいなかった。

4.考察

うつ病患者を対象に、先行研究ではより高い頻度や強度で運動療法が行われているが、我々の研究で行われた週2回、AT以下の軽~中強度でも、客観的ならびに自覚的な抑うつ症状評価、その他の項目(特性不安、社会適応度、健康関連のQOLの一部)に改善が認められた。一方で、認知機能は視覚的探索機能、運動処理機能を用いる一つの検査を除いて有意差を認めず、BMI、最大酸素摂取量、睡眠の指標や客観的な活動量についても変化がみられなかった。本研究の低頻度・低強度の運動療法は、これらの指標に対しては効果がなかったと考えられる。

今後はさらに運動療法の有効性を明白にするために、我々が行った予備的研究を元に、効果を検証する研究に移行することが求められる。その際には、連続サンプルで、適切な対照群とサンプルサイズを設定した、無作為割付による研究を実施し効果を確認する必要がある。また、運動の習慣化や再発についての追跡調査が必要である。

神経炎症仮説に基づいた抑うつ様行動モデルマウスにおける脳内遺伝子発現解析

牧原 圭佑

日本におけるうつ病の疾病費用を推計した平成20年の報告で3兆円を超えており、社会的負荷が莫大であることから、うつ病の病態解明、治療法の開発ならびに創薬が急務である。うつ病の発症には多因子の複合的作用が示唆され、関与する因子の同定を通じた病態の解明が求められる。近年、うつ病患者の血清及び血漿におけるインターロイキン-1やインターロイキン-6の濃度の上昇が示されている。また、慢性ウイルス性肝炎や悪性腫瘍の治療に広く使用されているインターフェロン療法においては、治療を受けた患者の約30-45%はうつ病の副作用を引き起こすことから、うつ病の病態に免疫系の機能異常が関与する神経炎症仮説が提唱されている。神経炎症仮説に基づくうつ病の研究における動物実験のモデルとしてグラム陰性細菌由来のエンドトキシンであるリポ多糖(Lipopolysaccharide, LPS)の投与による抑うつ様行動モデルが知られている。げっ歯類にLPSを投与すると2-6時間では炎症により運動活性の低下や体重減少などが引き起こされ、24時間後にはそれらの症状が消失するにも関わらず、強制水泳試験や尾懸垂試験の無動などの抑うつ様の行動が認められ、炎症を介した抑うつ様行動モデルとされている。これまで多くの研究では、LPS投与から24時間後が抑うつ様行動のピークであることから、この時点における抑うつ様行動とLPSによるサイトカインなどの免疫関連分子に着目した研究が主であり、経時的な行動および分子の動態を分析する報告はこれまでにない。そこで、本研究ではマウスを用いてLPS投与後の経時的な行動の変化、及び脳内遺伝子発現量の変化を分析した。遺伝子発現量については、炎症制御に関わるメディエーターであるサイトカイン類、抗炎症性マーカー、脳内の免疫機能を制御する役割を持つグリア細胞のマーカー、異常な炎症時の神経保護作用に関わる神経栄養因子を対象とした。

動物は9週齢オスのSlc:ICRマウスを購入し、1ケージ当たり4匹のグループで飼育した。入舎から1週間馴化を行った後に、LPS投与群(3群)にはLPS投与から1、3及び7日後に行動実験を行えるようにLPSを0.83 mg/kg、10 ml/kgの用量で腹腔内注射した。対照群には10 ml/kgの用量で生理食塩水のみを腹腔内注射し、注射によるストレスを同等にするため、投与の回数は各群3回とし、LPS投与群でLPSを投与しない際には生理食塩水を腹腔内注射した。自発運動能力を分析するためにオープンフィールドテストを行い、抑うつ様行動は強制水泳試験における無動のカウント数の合計値を分析に用いた。全ての行動実験を終えたマウスから抜脳し、RNA laterに浸漬後、前頭皮質、海馬及び線条体の各部位からtotal RNAを精製し、cDNAを合成した。Sybr Green法を用いたリアルタイムPCRを行い、β-Actin(Actb遺伝子)を内在性コントロール遺伝子としたΔΔCT法により各遺伝子発現の相対比較を行った。統計解析はスティールの多重比較検定によって対照群との比較を行い、有意水準は0.05とした。

強制水泳試験の結果によりLPS投与から1、3、7日後の群でマウスが抑うつ様行動を示すことが明らかとなった。一方で、対照群と比較してLPS投与から1日後の群でオープンフィールドテストによる運動量の低下が認められたことから、LPSによるマウスの運動能力の低下が強制水泳試験の無動時間を増加させたことを示唆する。それに対して、LPS投与から3、7日後の群では自発運動能力の低下は認められず、抑うつ様行動のみが認められたことから、強制水泳試験の無動が運動能力の低下によるものではないことが示された。LPS投与から1日後に本研究で対象とした全ての部位でTspo1遺伝子、Il-1b遺伝子、Tnfa遺伝子、Bdnf遺伝子及びTgfb遺伝子、加えて線条体でIl-6遺伝子の発現量の増加が認められた。一方で、LPS投与から7日後においてはこれらの遺伝子発現量は海馬におけるIl-1b遺伝子を除いて対照群と同程度に戻ったため、これらの遺伝子産物はLPSに応答する炎症因子であり抑うつ様行動には関連しないか、抑うつ様行動の誘導には関与するものの、抑うつ様行動の状態に関与するものではないことが示唆される。海馬におけるIl-1b遺伝子の発現量は、抑うつ様行動が持続するLPS投与から7日後まで対照群よりも高い状態が持続していた。脳内のIL-1βの増加により、海馬の神経新生が有意に減少することが報告されており、本研究においてLPS投与による抑うつ様行動の持続とともに維持される海馬のIl-1b遺伝子発現量の増加が炎症を介して起きる抑うつ様行動の本体なのかもしれない。また、線条体におけるIba1遺伝子とGfap遺伝子に関しても、抑うつ様行動が持続するLPS投与から7日後においても遺伝子発現量が対照群よりも有意に高い状態が持続していた。本研究においてマイクログリアや反応性アストロサイトの増加が持続したことが、炎症を介した抑うつ様行動の本体であることが示唆される。本研究では各遺伝子発現量のみの分析であるため、今後は関連する分子の生体内での機能を経時的に分析することで、より詳細な炎症を介した抑うつ様行動のメカニズムを理解することが出来るだろう。

LPS投与後24時間以降の長期的な観察により、これまでLPSモデルで明らかになった遺伝子発現量の変化が一時的なものであり、LPS投与から3、7日後まで持続する抑うつ様行動には直接的な影響を及ぼさないことが示され、LPSにより発現量変化が報告されている分子には、抑うつ様行動の誘導に関与する分子と、抑うつ様行動の状態に関与する分子の存在が明らかになった。

気分障害・統合失調症バイオマーカー候補分子FABP7の血漿中の動態に関する研究

佐藤 明日美

気分障害や統合失調症をはじめとした精神疾患は、操作的診断基準によって診断されている。操作的診断基準は臨床症状が診断に反映されるが、生物学的な側面を反映していないという批判がある。本研究では新たな生物学的指標の候補として、脂肪酸結合タンパク質7型(Fatty Acid-Binding Protein 7:FABP7)に着目した。FABP7は死後脳研究において統合失調症との関連が示唆されている。また本教室における予備的実験で、精神的負荷を与えたマウスにおいて血清中Fabp7濃度が有意に高値になることが確認された。これらを踏まえ、血漿中FABP7濃度に着目し精神疾患のバイオマーカーとしての有用性の検討を目的とした。

対象の被験者は、健常者41名、大うつ病性障害34名、双極性障害30名、統合失調症30名とした。気分障害の症状評価にはハミルトンうつ病評価尺度、ヤング躁病評価尺度を用い、統合失調症には陽性・陰性症状評価尺度の5因子モデルを用いた。FABP7の定量はEnzyme-Linked Immunosorbent Assay (ELISA)法で行った。

血漿中FABP7濃度の各群間における比較の結果、健常者と比較して各疾患の濃度が有意に高かった(p<0.05)。ROC曲線を導出しAUC値を検討したところ、健常者とうつ病で0.95、健常者と双極性障害で0.92、健常者と統合失調症で0.89となった。また、統合失調症の血漿中FABP7濃度と陽性・陰性症状評価尺度の5因子モデルの各スコアにおける回帰分析において、陽性症状、興奮/敵意症状、抑うつ/不安症状、解体/認知症状のスコアのパラメーターは有意でそれぞれ正の相関が認められ(p<0.05)、陰性症状のスコアのパラメーターでは有意傾向で正の相関が認められた(p=0.06)。

AUC値の検討の結果から、FABP7は気分障害および統合失調症のバイオマーカーとして有用である可能性が示された。気分障害や統合失調症の病態において異常な酸化ストレスの蓄積が示唆されていることと、FABP7と分子構造が近いFABP1の機能を考慮すると、FABP7は脳における異常な酸化ストレスを緩和するために神経組織外へ分泌された可能性が考えられる。また統合失調症では陽性・陰性症状評価尺度の5因子モデルと血漿中FABP7濃度が相関したことから、血漿中FABP7濃度は統合失調症患者における広範囲な精神病症状の指標となる可能性がある。炎症性サイトカインが統合失調症の症状と相関することが示されていることと、酸化ストレスと慢性炎症との関連が示唆されていることを考慮すると、FABP7が脳内の炎症や酸化ストレスレベルを反映して血漿中に分泌されている可能性がある。

血漿中FABP7濃度は気分障害、統合失調症において健常者と比較して有意に高く、FABP7が診断補助に有用である可能性が示された。また、血漿中FABP7濃度と統合失調症の広範囲の精神症状の重症度の指標となることも期待される。