平成27年業績 学位

拡散尖度画像を用いた統合失調症の白質構造変化について

成田 尚

【背景と目的】拡散強調画像(Diffusion tensor imaging:DTI)は非侵襲的に大脳白質の微細構造を評価できる磁気共鳴画像(MRI)の手法の一つである。統合失調症を対象として、DTIを用いて白質の構造異常を報告した研究は数多く存在しており 、前頭葉 、鉤状束、脳梁、小脳脚、での異常が報告されている。DTIは、ガウス分布(正規分布)を前提として脳内の水分子の挙動を測定することで、白質の構造異常を検出するものである。しかしながら、生体内での水分子の挙動は、その近傍にある微小構造の存在によりガウス分布によらないと考えられており、DTIは白質構造の評価に適切でない可能性が示唆されている。拡散尖度画像(Diffusion kurtosis imaging :DKI)は非正規分布を前提として解析を行う手法の一つである。そこで今回我々は、Voxel-based analysis(VBA)を用い、DKIの最も代表的な指標であるMean kurtosis(MK)値において統合失調症患者群と健常群を比較し、その差違を検討することを目的とした。更に、統合失調症群において、そのMK値と臨床症状、特に臨床上問題となる幻聴や妄想といった陽性症状の重症度との相関についても検討することとした。

【方法】本研究ではPhilips社の3テスラのMRIを用いて、統合失調症患者31名と年齢、性別、利き手を適合させた健常者31名において撮像を行い、MK値および従来のDTIの指標であるFractional anisotropy(FA)値を抽出した。その後、VBAを用いて、MK値及びFA値の群間差をボクセル毎にt検定で検討した。また、前述の解析により有意差を認めた白質の領域を関心領域として、統合失調症の臨床評価尺度であるThe positive and negative syndrome scale (PANSS) を用いて、陽性尺度・陰性尺度・総合精神病理尺度の三つの下位尺度との相関について解析を行った。

【結果】MK値では、left limbic lobe 、left frontal lobe、left parietal lobe、left superior longitudinal fasciculus(SLF)、right posterior corona radiate、right anterior corona radiata、right SLF、right sub-lobarに、FA値ではleft anterior corona radiata、right anterior corona radiataの領域において統合失調症群が健常者群と比較して有意に低下していた。また、これらの領域のMK値またはFA値とPANSSの下位尺度の相関の検討では、left SLFのMK値と陽性症状との有意な相関 (r= -0.451, p= 0.011)を認めた。FA値の関心領域とPANSSの三領域との相関では、いずれの領域でも有意な相関は認めなかった。FA値ではいずれの領域においてもPANSSのスコアと有意な相関は認めなかった。またMK値、FA値いずれも年齢、罹病期間、薬剤使用量との有意な相関は認めなかった。

【考察】本研究でのVBAの結果で有意な減少を認めた領域は、FA値と比較してMK値ではより広汎に認められた。この結果は、MK値は統合失調症においても、白質構造異常が従来のDTIの指標で確認された領域より、より広範に存在する可能性を示唆するものと考えられ、先行研究と同様にDKIは従来のDTIよりも白質の微小構造変化の評価により適している可能性を支持するものである。また、left SLFにおける関心領域のMK値は陽性症状の重症度と有意な負の相関を示した。

【結論】本研究から、DKIによって得られるMK値は、従来のDTIの指標と比較し、白質の構造異常をより高い感度で検出することが可能性があること、統合失調症の臨床症状とのより強い相関が認められる可能性があることが示唆された。

The neurobiological basis of the antidepressant-like effect of exercise
(運動の抗うつ様効果の神経生物学的基盤に関する研究)

陳 冲

運動はストレス対応やうつ病に有効であることが最近明らかとなってきた。しかし、その神経生物学的メカニズムはまだわかっていない。先行研究は運動による神経生物学的変化を多く報告しているが、その変化と運動の抗うつ効果との因果関係ははっきりしない。また、運動はストレスホルモンとして知られているコルチゾールの基礎値をあげる。コルチゾールはストレスとうつ病の中間因子とも考えられている。本研究では脳内微小透析法および脳局所注入法により、ラット脳内内側前頭前野(mPFC)のコルチコステロン(CORT)と神経伝達物質の関連を検討し、運動の抗うつ様効果に関するメカニズムの解明を試みるものである。

3週間のホイールランニングにより、強制水泳で抗うつ様効果を有することを示した。脳内微小透析法により、運動はmPFCのCORTの基礎値を上昇させ、強制水泳への反応性CORTを抑制した。運動によりmPFCのドーパミン(DA)を上昇させた。その他の神経伝達物質(5-HTなど)および受容体(GR、D1R、D2R、5-HT1AR)は運動により変化がなかった。また、運動の抗うつ様効果は脳局所注入法によりmPFCに注入したD2Rの拮抗薬により消失した。以上の結果から、運動はmPFCのDAの濃度を上昇することで、D2Rを介して抗うつ様効果を有することが考えられる。一方、慢性ストレスではmPFCのDAの濃度が減少し、抗うつ薬によりmPFCのDAの濃度が上昇することが多く報告されている。また、mPFCのDAは努力した行動や動機づけと関わっている。本研究では、初めてmPFCのDAと主動的対応・抗うつ様効果との因果関係を証明した。

また、脳局所注入法によりmPFCに注入したGRの拮抗薬により、運動の抗うつ様効果がなくなり、運動による上昇したDAも対照群の濃度に戻った。この結果から、運動により上昇したCORT基礎値は上昇したDAに関わり、抗うつ様効果に必要であることが考えられる。これらの結果とCORTがGRを活性化することでmPFCのDAを上昇する先行研究、およびmPFCのDAはストレス反応性のCORTを抑制する先行研究とは一致している。すなわち、CORT-GR-DA-D2Rの因果的通路が運動の抗うつ様効果の神経生物学的メカニズムであることを証明している。

運動-CORTのパラドックスに関しては、運動と慢性ストレスは両方ともCORT基礎値を増加させるが、運動はmPFCのDAを上昇させ、慢性ストレスはmPFCのDAを減少させることが明らかになった。この違いは、なぜ運動と慢性ストレスはストレス対応やうつでは異なる効果があるかを説明できる。結論として、運動はCORT-GR-DA-D2Rの因果的通路を介して抗うつ様効果を有する、また、運動によるCORTの上昇は本来有益なこととして理解すべきである。