平成31/令和1年業績 学位

Alzheimer病におけるアパシーとドパミン神経系の関連
(Relationship between apathy and dopamine nervous system in Alzheimer’s disease)

宇土 仁木

【背景と目的】

Alzheimer病(AD)における認知症の行動・心理症状(BPSD)のうちアパシーは最も頻度の高い症状である。アパシーの病理学的背景として前頭前皮質-大脳基底核回路におけるドパミン神経機能低下が推測されている。大脳基底核のドパミン神経機能は[123I]-FP-CIT-SPECTによって測定可能であり、Parkinson病とLewy小体型認知症を対象とした先行研究では、[123I]-FP-CIT-SPECTの線条体における結合能(binding potential: BP)がアパシーの程度と逆相関することが示されている。しかし、ADのみを対象としてアパシーと[123I]-FP-CIT-SPECTとの関連を調査した研究は我々の知る限りまだない。本研究の目的は、線条体に投射するドパミン神経機能がADにおけるアパシーの程度との関連を調査することである。

【対象と方法】

2015年4月から2018年8月までに当科入院したAD患者を対象とした。除外基準として抗うつ薬内服者、Parkinson症状を呈する患者を設定した。アパシーの評価にはApathy Evaluating Scale Informant Japanese version(AES-I-J)を用いた。対象者の[123I]-FP-CIT-SPECT画像から各関心領域(左右の尾状核及び被殻)、参照領域(後頭葉)内のSPECT値を測定、ついで各部位のBP値を算出し、AES-I-J得点との相関を検討した。

【結果】

対象者は19名であった。Spearmanの順位相関係数分析では左右尾状核BP値とAES-I-J得点間の有意な逆相関が観察された。両側被殻に有意な相関は認めなかった。年齢、抑うつ症状、認知機能検査の得点の影響を除外する目的で行った偏相関解析でも、左尾状核のBP値とAES-I-J得点間の有意な逆相関および右尾状核の有意傾向のある逆相関が観察された。

【考察および結論】

本研究では、AD患者において尾状核の[123I]-FP-CIT-SPECTのBP値が低下するに従い、アパシーの重症度が上昇することが明らかにされた。この結果は、Parkinson病やLewy小体型認知症のみならず、ADにおいても前頭前皮質-大脳基底核回路におけるドパミン神経機能低下がアパシーの病理学的基盤である可能性を示唆しており、これら3疾患のアパシーに対して同様の治療戦略を用いることができる可能性を示している。本研究においては対象者数が少ないこと、健常対照群を設定していないことなどが限界点としてあげられる。今後、より大規模な研究により本研究の結果が裏付けられることが望まれる。

 

メタンフェタミン反復投与による統合失調症病態モデル動物におけるNMDA受容体の構成パターンに着目した病態研究
(A pathological study focusing on the subunit composition of NMDA receptors in animal models of schizophrenia by repeated administration of methamphetamine)

岡 松彦

【背景と目的】

当教室では統合失調症の病態解明に向け、ドパミン仮説及びグルタミン酸仮説を統合し、進行性の脳容積低下、認知機能障害及びドパミンD2受容体遮断薬への抵抗性の獲得を説明する動物モデルとして「dopamine to glutamate仮説」に基づく「病態包括進行モデル」を提唱してきた。本研究は、本モデルのNMDA受容体機能異常の背景にあると考えられるNMDA受容体サブユニットの構成の変化と、それに対するハロペリドール(HPD:haloperidol)及びアセナピン(ASP:asenapine)の効果について検討する。

【対象と方法】

7週齢の雄性SDラットに生理食塩水(Sal:saline)又はメタンフェタミン(METH:methamphetamine) 2.5 mg/kg及びSal、HPD 0.1 mg/kg又はASP 0.1 mg/kgを隔日5回反復投与し、十分な休薬期間の後に移所運動量の測定又は前頭前野(PFC:prefrontal cortex)、海馬(HPC:hippocampus)及び線条体(ST:striatum)の採取を行った。脳組織は右半球をqRT-PCR (quantitative reverse transcription PCR)に、左半球をウェスタンブロッティング(WB:western blotting)に用いた。

【結果】

METH 2.5 mg/kgの反復投与により、qRT-PCRではPFCのGrin1及びGrin2c、HPCのGrin1及びGrin2a並びにSTのGrin1、Grin2b及びGrin2dの有意な遺伝子発現量の減少を認めた。WBではPFC及びSTの細胞質基質分画並びにPFCのシナプトソーム分画においてGluN1の有意なタンパク発現量の減少を認めた。HPD投与群ではNMDA受容体サブユニットの遺伝子発現量及びタンパク発現量共に変化は認められなかったが、ASP投与群ではPFC及びSTの細胞質基質分画におけるGluN1タンパク発現量の減少阻止効果を認めた。

【考察】

PFC及びSTではNMDA受容体発現量が減少しており、これが本モデルで認められるNMDA受容体機能異常の本態の一部と考えられた。Grin1及びGluN1の発現量の低下はHPD又はASPの投与で回復しなかったが、ASP投与によりPFC及びSTにおけるGluN1の小胞輸送の減少が阻止されたものと考えられた。

【結論】

本モデルはドパミン仮説及びグルタミン酸仮説並びに薬理学的モデル及び遺伝学的モデルを包含し、統合失調症の病態の一部を再現しているものと考えられる。