平成18年業績 学位
統合失調症の治療抵抗性への進展過程
およびその防止メカニズムについての実験的検討
~精神刺激薬モデルの観点から~
伊藤 侯輝
統合失調症の最初の精神病性エピソードの治療では、一般的にドーパミンD2受容体遮断を主作用とする抗精神病薬に対して治療反応性が高い。しかし再燃・再発を繰り返すと、多くの患者が治療抵抗性へと進展する。本研究はこの一患者群に注目し、その進展過程および防止メカニズムを解明することを目的として、精神刺激薬モデルを用いた実験的検討を行った。
Methamphetamine(METH)の異なる2つの用量(2.5 と1.0 mg/kg)を設定し、ラットにそれぞれを皮下投与した際の側坐核における細胞外ドーパミン濃度とグルタミン酸濃度を測定した。高用量群では低用量群よりも大きく同部位の細胞外ドーパミン濃度が上昇した。また高用量群では同部位で遅発性に細胞外グルタミン酸濃度が遅発性に上昇し、これはドーパミンD1受容体遮断薬の前投与で阻止された。METH投与を反復すると、METHに対する行動感作現象は高用量、低用量反復処置群ともに同程度成立していたが、非競合性NMDA受容体遮断薬であるMK-801に対する行動上の感受性亢進は高用量反復処置群でのみ成立した。このMK-801投与の際、高用量の METH反復処置群では、側坐核における細胞外グルタミン酸濃度の上昇が延長し、一方同部位の細胞外ドーパミン濃度に関しては、全ての処置群で変化は認められなかった。MK-801投与前に競合性NMDA受容体遮断薬CPPを投与すると移所運動量が亢進することから、高用量のMETHの反復によってNMDA受容体機能が低下する可能性が考えられた。また、高用量のMETHによって誘発される側坐核における細胞外グルタミン酸濃度の上昇と、その反復処置によって成立するMK-801に対する行動上の感受性亢進の2つの現象を指標として、valproate(VPA)の阻止効果をそれぞれ実験的に検討した。同様のプロトコールで、このグルタミン酸濃度の上昇に合わせてvalproateを腹腔内に反復投与すると、上述の2つの現象ともに、その成立が阻止された。
以上から、統合失調症の急性増悪の際にドーパミンの高度の上昇が反復されることでNMDA受容体機能の低下が起こり、ドーパミンD2受容体遮断薬に対して治療抵抗性が形成される可能性が考えられた。また、本実験結果から、急性増悪の際にドーパミンD2受容体遮断薬とVPAを併用することで、ドーパミンD2受容体遮断薬への治療抵抗性の形成を阻止できる可能性が考えられた。